チベットの光 (52) 廃墟の実家【伝統文化】

参考写真 ( Raimond Klavins / unsplash )

ミラレパは実家の近くまでやってくると、村の傍を流れる渓流の上流にある、小高い山の斜面に立った。そこから下を望むと、彼の実家が見える。山の斜面では、一群の牧童たちが羊を放していた。

 「ぼっちゃんや、あそこの家に住んでいた人たちを誰か知っている?」ミラレパは自分の実家を指さして牧童たちに訊ねた。

 「ああ、あの大きな家かい。柱が四つあって、梁が八つあるやつだね。もう久しく人は住んでいないよ。今では幽霊しかいないさ」。比較的年長の牧童が答えた。

 「あそこにもともと住んでいた人たちは今どうなってしまったのかな」。ミラレパが聞いた。

 「あそこに住んでいた人たちは、死んだり、出ていったりしたよ。現在ではもう幽霊屋敷みたいなものだよ。あそこに住んでいた人たちは、もともとは村のお金持ちだったけれど、旦那さんが早くなくなって、奥さんと幼い子供二人が残されたのさ。結果、親戚がその家財を全部とっちゃって、長男が成人したら返すという話だったのだけれど、結局は親戚は財産を返すこともなく、彼を騙したのさ。彼は仇を討つために、呪詛を学びに行った。彼が呪詛のマントラを放つと、多くの人が死に、雹を降らせると、村の収穫が全部駄目になって、村の人たちはみんな酷い目に遇ったよ。みんな彼の護法の神を恐れて、あの家には近づかなくなり、みんなで村八分の扱いさ。護法の神を怒らせて、殺されたりしたらかなわないからね」。

 ミラレパはこれを聴くと考えさせられた。自らの作った罪業の大きさに思い至ると、心苦しくなったのである。しかし、牧童は、家にはもう誰もいないと言ったが、それでは母と妹はどうなったのか。彼が牧童に尋ねようとした時、牧童は話を続けた。

 「ああ、長男が出て行った後の話だね。もともと彼の母親と妹が住んでいたが、後になって母親は死んで、妹は糊口をしのぐために、どこかよその土地に乞食しに行ったよ。どこに行ったかは知らない。ここ数年、長男も消息不明だよ。生きているんだか、死んじまったのか、誰も知らないよ」

 「それはいつ頃の話なんだい」、ミラレパはたたみかけるように牧童に訊ねた。

 「もう何年も前の話だよ」。牧童は少し考え込むと言った。「母親は約八年前に死んだよ。皆が応報だと言っていたので、僕は覚えているんだ。彼女がどうやって死んだのかは、誰も知らないよ。妹はそのあと窮して、母親の葬式をするお金さえなく、母親の遺骨を棄てて、どこかに乞食しに行ってしまったのさ。その他のことは、もう小さい頃聞いた話だから、はっきりとは覚えていない」

 ミラレパは牧童の話を聴いて、母と妹とはもう生き別れになったと思い至り、悲しみでいっぱいになり、涙を堪えた。彼は、誰もいない河のほとりまでくると、大声で泣きだした。

 彼は村人に発見されないようにと、日が暮れるのを待って村に入っていった。すると彼が夢に見た光景を目の当たりにした。家の畑は草ぼうぼうとなり、大きな屋敷は廃墟と化していた。彼が中に入ってみると、先祖代々の大事なお経は、夢の中と同じく、水にぬれて破れ、鳥の糞と泥をかぶっていた。

 彼はこの状況を目の当たりにすると、幼年時代の記憶が一気に蘇ってきて、悲しくなった。彼が戸口にまで出ると、戸口には土砂が積みあげられていた。そこから何やら破れた衣服のようなものがのぞいており、その土砂の上面にはぺんぺん草が生えている。

 「これは何だ?」彼はいぶかしく想い、手で土をのけると、それは果たして人の骨であった。

 「どうして、家にこんなものがあるのだ」、彼は思いを巡らしたが、それがすぐに母親のものであると思い至った。すると、一陣の悲哀と苦痛が彼の心を襲い、あまりにも猛烈な衝撃に耐えられず、気を失ってしまった。

(続く)

(翻訳編集・武蔵)

転載 大紀元 https://www.epochtimes.jp/p/2021/04/71889.html

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