チベットの光 (44) 絶望と自殺への思い【伝統文化】

参考写真 ( Raimond Klavins / unsplash )

アバ・ラマは、師父が傍らにあった棍棒を手に取り、憤怒の表情を浮かべているのを見て、恐ろしくて地面に跪き、全身を震わせながら、戦々恐々として言った。「先生、私は決して自分勝手に法を伝えたわけではありません。というのも、ウェンシーが先生からの親書をもってきて、法を伝えるようにとしたためてあったからで、それにもましてノノバ尊師の身荘厳と紅石の玉印を伝法の証物としてもってきていたのです。先生、許して下さい」

 師父はこれを聴くと、怒りに震えてウェンシーに目を転じた。「この恥知らずが!おまえはそれをどこから持ってきた!」

 ウェンシーは地面に跪くと、恐怖の余り言葉が出てこなかった。彼は、恐怖で全身の細胞が充満し、何を言っていいやら分からなかったが、やっと一言だけが口をついて出た。「それは師母からいただきました」

 師父はこれを聴くと、師母を見るまでもなく、上座から飛び降りると、棍棒を手にして師母を打ち据えようとした。師母は、事の発端が元より自分にあり、難を避けられないことを知っていたので、外から遠巻きに見ていた。師父が棍棒を手にすると、彼女はそそくさと自分の部屋へと退散し、扉に鍵を掛けると、中から出てこなくなった。師父は扉の外で罵声を浴びせながら、棍棒を乱打していたが、師母は扉に近づこうとはしなかった。師父は雷を落としながら、ひとしきり扉を叩いていたが、やっと堂に戻り、今度は怒りをアバ・ラマにぶつけた。

 「アトンチャンバ!ぐずぐずせんと、早くノノバ尊師の身荘厳と玉石の印をここに戻さんか!」

 「わかりました」。アバ・ラマは頭を下げると、それをとりに戻った。

 アバ・ラマは門のところでウェンシーと出会った。ウェンシーは、師母と一緒に来たばかりであったが、なかなか中に入る勇気が湧いてこなかったのである。ウェンシーはアバ・ラマに会うと、泣きながら言った。「アバ・ラマ、将来きっと私に慈悲をかけて済度してください」

 「ああ!」、アバ・ラマは嘆いた。「師父の許可を得ないと、前回のように何の作用も起きないのだ。だから、君はここに残って、師父の許可を得るようにしなさい。そうすれば、私だってきっと君を助けることができよう」

 「わっ!」ウェンシーはこれを聴くと大声で泣きだした。アバ・ラマの話を聴いて、最後の一点の希望もなくなってしまったかのように思えたからであった。彼は泣きながら言った。「私は実際、罪深い人間です。それに、あなたと師母にまで罪を着せてしまいました。私のような罪の重い人間が、正法を得るなんて無理な話のようです。もし正法を得られなかったら、この身このままで何をしようというのでしょうか。また罪を重ねるだけです」。ウェンシーはこう言い終えると、チベット人が常に身に着けている小刀で、自殺を図ろうとした。

 アバ・ラマは急いで駆け寄ってウェンシーの手を掴み、涙ながらに訴えた。

 「怪力君!もっと命を大事にしないと駄目だ!この世で、自殺ほど罪作りなものはないよ。中国の仏教では、自殺が最も重い罪なのだよ。だから決して、そんな馬鹿なことをするもんじゃない!師父はあなたに法を伝えてくれるかもしれない。もし師父が法を伝えてくれないのなら、別の先生の所に行けばいいじゃないか。この人身さえあれば、正法を得る望みはまたあるのだよ」

 

(続く)

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