【党文化の解体】第6章(18)

5.党話の特徴
 2)党話の多層的な欺瞞性

 党文化は多層的な性格を持っている。表向きの性格、中間層の性格、核心の性格に分けることができる。表向きの党文化は宣伝を通じて大衆を騙して制御する、中間層の党文化は党内部の運営を維持させる、核心の党文化は党の生存を保つもので、目的達成にはどんな悪辣な手段でも使う。中国共産党と上層指導者らは決して表向きの党文化に制約されることがなく、それを道具として使うのだ。党文化に多層的な性格があるために、人々が党文化の本質を見破ることは容易ではない。

 それに伴い、党話も表向きの党話、中間層の党話と核心の党話に分けることができる。表向きの党話は、「人民に奉仕する」、「社会主義の精神文明」、「徳を以って国を治める」、「調和がとれた社会」など最も堂々としている中国共産党のイデオロギーを表す言葉である。中間層の党話は、中国共産党政権の日常運営に特に使われるため、正常社会の政府の行政用語として思われてしまいがちで、前文に分析した「宣伝、貫徹、執行、闘争、労働模範、代表、会議の精神、路線、認識、指導者、上級、呼びかけ、奮闘、委員会、思想を報告する、批判と自己批判」など党八股の言葉はこの類である。一方、核心の党話は外見の特徴を持っておらず、ごく普通の生活用語に見えるかもしれないが、赤裸々に中国共産党の残虐な本質を帯びるために、中国共産党内部の高層でしか知られていない。劉少奇が言った「ゴマすり、相手の機嫌を取る行為は良い行為とは言えないが、革命の仕事のためにすれば良い行為になる」、_deng_小平が言った「大学生は反発すれば、機関銃中隊一つで解決できる」、江沢民が言った「法輪功は真善忍を講ずるので、思う存分に痛めつけてもかまわない」のはこの類である。注意すべきなのは、中国共産党は目的達成のため、時に核心の党話を表向きに漏洩することもある。例えば、毛沢東と_deng_小平の「私はごろつきだから恐れるものがない」口調は国民の中で「強権崇拝」を巻き起こした。将軍・朱成虎の「西安の東のすべての都市を犠牲にしても、米国との間に核戦争を遂行する」の発言、および元国防部長・遅浩田の「米国を一掃する」の言論を中国共産党は「不注意に」に外部に漏らして他国の反応を見ながら、相手を脅かす効果を収めようと試みた。

「打ち殺してもただである」、「法輪功学習者を打ち殺したら自殺として片付ける(イラスト・大紀元)

中国人が一歩一歩党文化に騙されてそのとりこになる過程を見てみよう。最初は表向きの党話を信用する(純真無知で正義感を持つ少年時代によく革命に対して憧れを抱える)。大きくなってから表向きの党話に対して反感を覚える(しかし、口に出す勇気がない)。それから自分自身もいつのまにか手慣れて党話を話すようになって、中国共産党組織の一員になる。更に一歩進んで党文化に従属して利益を手に入れれば、進んで核心の党話の本質を捉えようとし、ついに自分の運命を中国共産党と縛りつけて危険な淵に滑っていく。

 今日の中国人は表向きの党話に対して非常に反感を持って、中間層の党話の本質(中国共産党の独裁を保つという本質)をはっきりと認識できず、核心の党話に対して理解が足りなく、もしくはそれら冷血かつ残虐な言葉こそ中国共産党の本質であるという真実を信じようとしない。

 表向きの党話は比較的に見破られやすく、中間層の党話はそれより見破られにくい。核心の党話は赤裸々に中国共産党の邪悪を暴露しているが、公文とマスコミに出して国民に知らせることをしない。一方、中国共産党の邪悪は一般人の想像を超えるもので、核心の党話の意味を捉えるには相当の勇気と知恵が必要とされる。

 今日の中国では表向きの党話を信じる人がいなくても、宣伝上、中国共産党が表向きの党話を使っているのは現実である。表向きの党話を駆使して一般共産党員と外国人を騙したり、派閥闘争で勝ち抜くために共産党内部においても互いに煙幕を張って、同時に党員の良心を眩ます必要があるからだ。

 (続く)

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