【党文化の解体】第4章(9)

【大紀元日本4月8日】

2.無神論から来る無鉄砲
 2)天地と戦い、自然を破壊(後半)

 「三峡ダムプロジェクト」「南水北調プロジェクト」(南部の水資源を北部に運ぶ計画)などのような重大なプロジェクトは、企画策定者も政治を優先して策定の根拠としている。

 「六四天安門事件」以後、中国人民の希望が失われ、三峡ダムプロジェクトは人心を高揚させるプロジェクトとなった。三峡ダムプロジェクトについては、実行すべきかどうかについては、偏向した一方的な宣伝ばかりで、例えマイナスの影響があるとしても、それはすでに「対策」が練られていているものとされ、これに対する反対派によるさらなる追及や反論の声は、一般大衆には聞こえない禁域である。

 少し常識のある人でもわかるように、水の流れは必ず角度を付けなければならない。ダムの上流と下流には必ず落差が存在するはずである。そうであれば、水没される区域は必ず一つの斜線になる。

 しかし三峡ダムプロジェクトの「両岸住民移住チーム」は当局の住民移住費の削減の要求に呼応するため、水没する区域を一つの直線として提案し提出した。すなわち、ダムの予定蓄水量は175mであるに対して、ダムの下流にある重慶の水没線も175mとしたのである。

 これに対して、三峡ダムプロジェクトの泥・砂対策チームが公布した10万分の7という水力勾配から計算すれば、600km以上に離れた重慶では水没される高さは175mではなく、217mとなり、重慶のために後顧の準備をしなくてはならない。

 水没から重慶を守ろうとすれば、その蓄水量の水位は175mを超えられず、そうすると当初予定していた洪水防止と水力発電の効果が大きく影響する。

 中央から地方までのこれほど多くの優秀な官僚や各種の専門家がいて、皆が水は高いところから低いところへ流れるのを知っているのに、なぜこんなに厳重な結果をもたらす問題を気にしないのだろうか。

 このほか、三峡ダムプロジェクトの達成目標と措置の間には相互に多くの矛盾が存在する。洪水防止と水力発電間の矛盾、洪水防止と水運間の矛盾、洪水防止と蓄清排渾(清水を蓄え泥水を排出)間の矛盾、発電、洪水防止、水運、住民移住などなどの矛盾。ダムが洪水防止の役割を果たすためには、低い水位を保ち洪水に備えるが、同時に、低い水位では水力発電や水運能力に影響を及ぼすのである。

 2000年5月17日に、三峡ダムプロジェクトの実施を力強く勧めてきた張光斗教授は、三峡ダムの実際の洪水防止のための蓄水量が設計基準では達成できないという誤りに気付いた時、三峡ダム建設委員会事務室の主任に、貯水量を10m引き下げるよう提案をした。しかし、低い水位では必ず水運に影響を及ぼし、水力発電能力にも影響するので、張光斗氏は、原油発電、天然ガス発電或は石炭発電による電力需要の調整を補充するという案を主張した。

 しかし、張氏は「このやり方は絶対に一般社会に公開してはならない」(《三峡探索》総第27期)というのである。

 また、如何にダムの中に蓄積した土砂を処理するかがダム造りの成否の重要なポイントである。200kmにも及ぶ三峡は、土砂の沈殿しやすい場所である。

 三峡ダムは蓄清排渾(清水を蓄え泥水を排出)という方法を利用して、ダムの中に蓄積した土砂を排出しようと計画したが、海外の学者は排渾(泥水を排出)は堰堤に近い場所にしか効果がないと予言しており、清華大学の著名な水利専門家である黄万里教授は、石一つも流れ出ないと断じた。

 黄教授は1957年に、黄河の三門峡ダムの建設に反対したため、毛沢東から右派の烙印を押され、鎮圧された人である。

 数年後の三門峡ダムの失敗は彼の主張が正しかったことを証明した。三峡ダムの建設について、黄教授はかつて三回にわたり中央に書面を提出し、「永遠に三峡ダムは完成しない」理由を訴えた。

 その書面の中で、中央政府の指導層に三峡ダムプロジェクト建設の決定を改め、その問題点について説明するのにほんの30分だけ時間を割いて欲しいと願ったが、しかしその願いはかなえられなかった。

 「南水北調プロジェクト」(南部の水資源を北部に運ぶ計画)は「三峡ダムプロジェクト」に次ぐもう一つの世界級のプロジェクトである。

 主な目標は、長江(揚子江)を東ルート、中央ルート、西ルートに分けて、その水を水資源が厳重に乏しくしている華北と西北地域へ運ぶ計画である。東ルートと中央ルートはすでに2002年末に建設が始まり、西ルートは2010年に着工の予定である。

 当初の「三峡ダムプロジェクト」の実施に関しては、形式上ではあったが、一応全国人民代表大会による匿名投票を行った。今になって、その形式上のものでさえ邪魔くさくなり、「南水北調プロジェクト」の設計者たちが言うには、中央政府が東ルートと中央ルートの建設が始まると宣言する以上、西ルートの建設も始まったと同然だというのだ。

 すでに2001年7月に水利部門の専門家らによって構成された委員会の審査を通過していた「西ルート建設綱要」は、2005年3月に至り、水を運ぶ調整地域で長期にわたり活動や生活している自然科学専門家、工程エンジニア、経済学専門家、人文科学専門家たちに初めて公開されたが、これら第一線の専門家らを憂慮させるのに十分なものであった。

 西ルートについては、長江(揚子江)の上流から水を黄河へ運ぶという計画である。しかし、黄河は長江(揚子江)より200mも高く、三峡ダムプロジェクトより何倍もその作業が難しくなり、その危険度も数倍高くなる。

 専門家は「西ルートの建設は大変憂慮すべく、黄河が救われた代わりに長江(揚子江)を殺してしまい、場合によっては黄河が救われずに長江(揚子江)を殺すかもしれない」と呟いた。

 彼らは中共に「大自然を改造し征服する幻想」をやめるよう呼びかているが、彼らの声は政治決定の中心である中共のところではどこまで届くのだろうか。西ルートプロジェクトを積極的に推し進めた技術者たちは、外部からの質問に対して、「プロジェクトが進むにつれて、すべてのことはだんだんと明瞭になる」と回答する。

 中共によって「天と戦い、地と戦う」という洗脳をされた後の人々は、中華民族の母なる河に対して手を出そうとしているときでも、なんと「石を探りながら川を渡る」のような態度を取るのだ。

 老子は、「人は地に法り、地は天に法り、道は自然に法る」と言ったが、人が天地と戦い、自然を破壊するようにとは一度も言ったことがない。伝統的価値観の中では、人と自然は相互に対抗するものではなく、「天人合一」とは自然と調和しながら共存するということである。

 現代における所謂持続可能な発展とは新しい出来事でもなんでもない、中国では自然資源の保護、合理的利用の理論はすでに紀元前において出来上がっていたのである。

 それにもとづき、かつての中国では発達した伝統的農業が作り上げられ、輝かしい伝統的文化を支えた。

 なぜ今日になって、生態や人文環境の厳重たる破壊が発生した状況になったかと言うと、正しく上記のような無鉄砲なやり方、自然の法則に反するやり方が原因であり、これにより、青山が消え、清水が断ち切られた。

 特に今日の拝金主義の下では、自然に対する畏敬の心を失った人々は、思うままに好き勝手なことをする。大自然から報復される時、誰が中華民族を救ってくれるのだろうか。

3)日増しに低下する社会風紀、講じられない道徳

 公務員やその他の職業における職業倫理も日増しに低下している。医者に罹るのに、紅包(※1)を渡さなくてはならない。子供の入学にも紅包を渡さなくてはならない。訴訟を行っても紅包を渡さなくてはならない。記者に記事を書いてもらうのにも紅包を渡せねばならない……。金銭はすべての職業の職業倫理を壊した。正常な秩序ある社会システムが破壊された。旧来の職業倫理観も低下し悪くなる一方だ。

 新らしく生まれる産業の道徳には端から健康的に発展する環境はなく、生まれたときから汚いものに包まれている。偽物作りといえば、偽タバコ、偽酒、偽ハム、毒入り米、毒入りオイル、毒入りミルク、と何でもある。

 2003年の安徽省阜陽で発生した毒入りミルク事件では、長期的にこの毒入りミルクを飲んだ乳幼児は、頭が大きく、体が小さくて、体が貧弱になり、反応も鈍い。それに伴って、体中の皮膚が化膿し、内臓は肥大して発育する。阜陽だけで、この種の栄養失調総合症候群を患った乳幼児は171人にのぼり、そのうち13人が死亡した。

 「大頭病」を患った乳幼児を抱える農家の家庭の多くは、その治療費を捻出するため、すべての貯金を使い崩し、場合によっては家財を売り出すに至った。経済的能力が乏しく、治療をあきらめ、赤ちゃんの死を待つしかない農家も少なくない。

 2006年北京市の食糧局は有毒物質を含む米2300t強を市場へ流した。米粒の中には大量な発癌物質が含まれていた。中にはもっとも強烈なカビ毒の一種であるアフラトキシンも含まれていた。

 しかし、商売人は利益のためには一般大衆の死活には関与しない。毒入り米は公然と全国に蔓延し、湖南、湖北、上海、北京、広東、遼寧、四川等の地区では、毒入り米がトン単位で流通した。さらに酷いのは、毒入り米によい米を混ぜて販売するケースも登場し、当然一般消費者には弁別のしようがない。

 昔では、「盗にも道あり」と言われた。いくら偽物を作り、カネを騙し取ると言って、所詮カネを騙し取るだけで、絶対毒は入れてはならないということだ。しかし、今日の人々は、極少数の伝統的道徳観を持つ人を除いて、その大多数が道徳、良心がいくらに換算できるのかと考えている。

 中共の無神論、唯物論、天理・道徳を重んじない教育によって出来上がったのは、金銭の為、個人の利益のためならどんな悪事でもできる人間だ。

 2001年4月16日、朱鎔基が上海にある国家会計学院を視察した際に、学校のために書いた校訓はなんと、「不做假帳(偽帳簿を付けない)」の4文字である。

 同じく、2003年3月24日、「三湘都市報」の報道によると、一部の地方の教育局が提出した教育現場における風紀の乱れ行為として禁止する所謂「8つの禁止」規定の中で、「女子学生へのレイプは厳重に禁止する」と堂々と書かれていた。このような校訓と規定は、一体民衆を安心させようとしているのか、それとも不安にさせようとしているのか。

 ある一個の社会で、所謂「ゲーム」のルールが決められたら、社会の民衆制度、法律体系、メディアによる世論監督と言論の自由、信仰の自由などの体系は比較的完備され、民衆の道徳水準はある一定のレベルまで維持され、国民の心理的様相が比較的平穏であるときは、いくら出鱈目なことがあっても、ルールの中で処理され、道徳と法律は原則上において拘束力をもっている。

 しかし、現在の中国では、そうしたルールがまだ確立されていないうちに、上記のような出鱈目のことを先に覚えてしまい、場合によってはそれよりもっと酷いものまで入ってしまった。

 道徳的、制度的、宗教的な最低線による拘束がなければ、その後の結果がどうなるのかは想像に難くない。

 (※1):紅包(ホンパオ)とは中国のお正月(旧正月)に配る日本で言えばお年玉のようなものであるが、現代中国では、本来の目的と異なって、種々の場面で賄賂として使われる。

(続く)

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