
3-2)政治闘争の中での洗脳教育
中共は闘争哲学に頼って政権を奪った後も、この哲学で統治を維持してきた。中共が次々に発動した政治闘争の中で、国民の闘争の思想は次第に強化された。その結果、もともと中庸の道を尊重し、和を大切にしてきた中華民族は、闘争を日常生活の一部分と見なし、人と人との間に満ちた不信感を社会常態と見なし、人々の間の争い、騙しあいを競争社会での生存手段と見なすようになった。
1951年、中共は政権を樹立して間もなく、足元を固めたばかりにもかかわらず、すぐ知識人に対する「思想改造」の運動を始めた。映画『武訓伝』に対する批判は、この運動の幕開けとなった。この運動はほぼ毛沢東の望み通り、知識人の思想を改造する目的を達した。
これをきっかけに、中国人の考え方は大きく変化し、「階級闘争」のみが善悪を量る唯一の基準だと思うようになった。清朝末期に生活していた武訓は、貧しい家庭の子弟が教育を受けられるようにするために、乞食をして得たお金で学校を作り、様々な屈辱を嘗め尽くし、清貧な生活を送っていた。しかし、彼は「封建社会の経済基礎とその政治構造を壊そうとせず、かえって封建文化を熱狂的に宣伝していた」(毛沢東の言葉)として、階級の立場を間違えたということで、中共から嵐のように攻撃された。
もう一人の歴史人物、明の時代の海瑞は権力を恐れず、公平に法律を執行し、清廉潔白で人々から敬愛されていたが、中共から見れば、海瑞は「搾取階級」に属し、「地主階級の利益を守っていた」から、庶民のために行った全ての良いことがいずれも、「統治階級を守るため」だと決め付けられ、文革の初期から強烈に批判された。
さらに、国民政府が南京市で建てた「航空烈士共同墓地」に抗日戦争で亡くなった全国各地の100名以上の空軍烈士および、戦争の中で中国のために命を捧げた米軍教官、旧ソ連のパイロットらが埋葬されていた。これに対して中共は、彼らは「反動政府」のために働いたと決め付けて、文化大革命が始まってまもなく、毛沢東の紅衛兵は墓地を潰して、烈士らの遺骨は全部捨てられた。
共産党は、闘争性は即ち革命性だと認識しており、対立と衝突は悪いことではなく、良いこととされてきた。なぜならば、これは「革命の種」だからである。歴史は闘争の中で前進してきたと考えている。(しかし、今日の中共は革命という言葉が使われることを恐れている)。しかし、闘争性は人間の先天的本性ではないため、共産党は人々の「革命の意識」を啓発する必要があり、絶えず「教育」を施し、革命の意識を高めなければならないと考えた。そのために、詐欺の手段で故意に対立と衝突を作り上げることも辞さなかった。
アメリカ (140) ウクライナ (233) コロナウィルス (158) スパイ活動 (166) トランプ (338) バイデン (344) バイデン政権 (161) ポンペオ (173) ロシア (340) ワクチン (318) 上海 (209) 中共 (2948) 中共ウイルス (570) 中共当局 (332) 中共軍 (188) 中国 (2071) 中国企業 (150) 中国共産党 (1319) 中国崩壊 (149) 中国当局 (147) 中国経済 (285) 中国製 (155) 人権侵害 (333) 伝統文化 (236) 北京 (239) 北京五輪 (180) 南シナ海 (151) 台湾 (841) 台湾海峡 (148) 封鎖 (154) 抗議デモ (147) 新型コロナウイルス (196) 新疆ウイグル人 (208) 日本 (540) 法輪功 (349) 法輪功学習者 (200) 洪水 (202) 災害 (196) 疫病 (174) 米国 (951) 習近平 (932) 臓器狩り (257) 軍事 (220) 迫害 (217) 香港 (482)