【党文化の解体】第1章(5-1)「共産主義指導者の偉大さを宣伝する」

(イラスト=大紀元)

中共はただ文章を通じてだけではなく、演劇、映画、歌曲、音楽などの形式でも神を創り続けた。語録歌、忠字舞という手段で神を創り、「朝に指示を仰ぎ、晩には報告する」ことによって神を創り、鐘や太鼓を鳴らしては「最高指示」を歓迎して神を創った。今日に至っても、中共は相変らず、「反復学習」「深い理解」「実施貫徹」「確実な遂行」のような宣伝を使いながら、江沢民や胡錦涛の「重要な講話」に対応しており、それはすなわち、現指導層に対する造神運動に他ならない。

 無神論の普及は、19世紀の進化論学説(進化論の間違いについては、後に詳述)に由来する。いわゆる「唯物」は、精神的な力を完全に否定するのではなく、人類を超越する一切の存在、すなわち神の存在を否定するものだ。

 これまで信仰経典に由来してき道徳の基準、例えば、東洋の仏教でいう善、道家の真、儒家の「克己」と「和をもって貴しとなす」、モーゼの十戒などが、その根拠を完全に失った。ここにおいて、道徳の基準は、「人」が絶えず変更できる行為の準則へと変わってしまった。

 共産党社会の中で、価値観と道徳に対する解釈の権利は、最高指導者の手中に陥り、中共の価値観に抵触する普遍的な道徳は全て、中共によって偽の道徳、封建制度の残余、プチブル的人間性というレッテルを貼られた。その後中共は道徳を解釈することができる最高の地位に立ち、体裁よく批判と弾圧を進めた。

 中共は「偉大で正しい」ものであるから、一切の党文化は必ずや、この種の「偉大で正しい」ものを讃えるものでなくてはならなかった。しかし一方で、中共はまた累々たる血腥い罪悪に満ちた邪悪至極の邪教組織でもある。道徳の座標を失った状況下で、共産邪教の「偉大で正しい」ことを賛美する文化が、人の道徳をどのように混乱させ、また社会の風紀にどのような劣悪な方向性を与えたのかは、想像に難くない。

 中共の宣伝の中で、マルクスは革命家、哲学者、科学者であるだけでなく、道徳的にも完璧な人とされた。しかし実際の状況は、全くそうではなかった。1843年、貴族の娘イェニーが当時25歳のマルクスに嫁いだ際、下女のレンヒェンを連れて来た。「搾取」に対してずっと極度に嫌悪して憎んでいるかのように装って来たマルクスは、資本家のエンゲルスが「搾取」してきたお金を当然のことのように浪費しただけでなく、下女のレンヒェンには全く手当てを払わなかったばかりか、その肉体までをも貪って、1850年に私生児を産ませた。当時、イェニーはこの事によってマルクスとひどく争った。するとマルクスは、長年の友達で独身であったエンゲルスに目を向けた。彼は、「共産主義者同盟」の名誉のために、エンゲルスに身代わりになるよう頼み、私生児にエンゲルスの姓を取って名前をつけた。そこで、エンゲルスはその子を一労動者の家に養子に出したのである。

 ずっと泣き寝入りするほかなかったエンゲルスは、亡くなる直前に紙皿に次のように書きつけた。喉頭癌を患い、ものが言えなくなっていたからである。「フレディはマルクスの息子だ。ラウラは父親を理想化している」。フレディはマルクスの私生児で、ラウラはマルクスの娘だ。この醜聞は、現在すでにドイツ東部の博物館に展示されている。

 2004年 6月の 『欧州神経学ジャーナル誌(The European Journal of Neurology)』で明らかにされた事実によると、3人のイスラエルの医者たちが歴史資料を参考にして次のような結論を得たという。レーニンは、1917年10月の革命を指導する前に、既に欧州で梅毒に罹り、このために1924年に死亡した。彼らが参考にした歴史資料には、レーニンが治療を受けた欧州とソ連の医師の記録、レーニンの健康状況資料、及び研究者たちが「政治宣伝」と呼ぶ検屍報告書がある。研究者の一人である精神科医師ブラドミール・ラーナー氏は、ニューヨークタイムズの記者に、「もし、レーニンの名を隠して、その症状を伝染病の専門医師に見せなさい。きっと『梅毒』だというでしょう」。
 

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中共党員たちは、文化大革命以前にはまるで皆が禁欲主義者のようであったが、毛沢東には間違いなく三人の妻がいた。毛沢東は、楊開慧の生存中に賀子珍を娶り、これと離婚もせずに江青を娶った。1994年、毛沢東の身近で22年間勤務した李志綏は、『毛沢東の主治医回顧録』(邦訳:『毛沢東の私生活』)という本の中で、毛沢東の遊蕩奔放な生活を暴露した。その中で、毛は「いつも女を玩具にしていた」といい、若くてきれいな女たちをたくさん入宮させて、「まるで食卓に料理をあげるように次から次に女を献上させた」と暴露している。

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